名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)2622号 判決 1970年8月12日
原告
浦田光夫
被告
高木宣之
ほか一名
主文
被告らは原告に対し、各自金八九四、三八七円と、これに対する昭和四四年九月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべし。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は、第一項にかぎり、かりに執行することができる。
事実
第一、申立
原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し、各自金三、〇〇〇、〇〇〇円と、これに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決と仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。
第二、請求の原因
一、本件事故
原告は、つぎのような交通事故によつて、受傷した。
(一) 日時 昭和四三年二月一三日午後八時二〇分頃
(二) 場所 名古屋市北区瑠璃光町三丁目一〇番地先路上
(三) 加害車 被告澄川運転の自家用小型貨物自動車
(四) 被害車 原告運転の原動機つき自転車
(五) 態様 被告澄川が加害車を運転南進中、これと対向北進中の原告運転の被害車と衝突した。
(六) 受傷の部位、程度
頭部、左肢挫傷。右肩胛骨骨折。顔面部、左膝部、左下腿部各打撲擦過創。左下腿骨折。左大腿骨折。足関節脱臼。脳震盪。上記各傷害により、昭和四三年二月一三日から昭和四四年二月一〇日まで入院し、同日以降本訴提起まで毎日通院加療中。
二、被告らの責任
本件事故は、被告澄川のつぎのような過失による。すなわち、事故現場の道路西側(対向車線側)にバス停留所があり、事故当時市バスが停車中であつた。したがつて、対向車線を北進する車両が、市バスを東側から追い越すことが当然予想されるにもかかわらず、加害車は、右道路を中央寄りに、前方注視もしないまま漫然進行したため、被害車と衝突した。被告澄川は民法七〇九条により損害賠償責任をまぬがれない。また、被告高木は、加害車を所有し、被告澄川の雇主として、自己のため、加害車を運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法第三条により、損害賠償責任をまぬがれない。
三、損害の数額
(一) 治療費 五一九、七三〇円
(二) 休業補償費 六八五、三〇〇円
原告は、事故当時、日雇土工として名古屋市港区所在の株式会社安井組に勤務し、事故前三カ月の収入は合計一七一、三二五円で、一カ月の平均月収は五七、一〇八円であつたところ、本件事故により、事故当日から昭和四四年二月一六日までの一年間を休業せざるをえなかつた。右一カ月平均月収を基礎とした一年間の休業による損失は、六八五、三〇〇円である。
(三) 逸失利益 二九四、九七〇円
原告は、昭和四四年二月一七日から、名古屋市失業対策事業の人夫として勤務しているが、現在通院加療中であるのと、後記のような後遺症のため、軽作業しかできず、一日の日給も九八〇円程度で一カ月の合計収入額は三〇、〇〇〇円未満である。したがつて、本件事故前の収入と比較し、少くとも一カ月当り二〇、〇〇〇円の収入が減じたことになる。原告は、本件事故がなければ、今後少くとも五年間勤務しえたから、右収入減少額一カ月二〇、〇〇〇円、一年間二四〇、〇〇〇円の収入を基礎とし、今後五年間に得られる収益を、ホフマン式計算法によつて、年五分の中間利息を控除すると、その現価は、九六〇、〇〇〇円となる。本訴においては、右逸失利益のうち二九四、九七〇円を請求する。
(四) 慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円
原告は本件事故により、約一年間入院を余儀なくされ、退院後の通院加療を続けている。しかし、現在左足関節伸展一三〇度、屈曲九〇度。左膝関節伸展一八〇度、屈曲一一五度。下肢(大転子、足関節外顆間距離)左側七〇・五センチ、右側七四センチの後遺症が残り、その精神的苦痛は大きい。これを慰藉するには、少くとも三、〇〇〇、〇〇〇円が相当であるが、本訴では、とりあえず内金一、五〇〇、〇〇〇円を請求する。
四、請求額
よつて、原告は、被告らに対し、各自右損害合計三、〇〇〇、〇〇〇円と、これに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三、被告らの抗弁に対する原告の答弁
被告らの過失相殺の抗弁は争う。
第四、被告らの答弁と抗弁
一、請求原因一の事実のうち(六)(受傷の部位、程度)の事実は知らない。その余の事実は認める。同二の事実のうち、被告高木が加害車を所有し、かつ、被告澄川の雇主であること、本件事故現場道路西側にバス停留所があり、事故当時市バスが停車していたこと、は認める。その余の事実は否認する。同三の事実はすべて知らない。
二、被告澄川は、本件事故について無過失である。すなわち、原告は、事故現場道路西端を被害車を運転北進中、自己の進路斜め右前方に市バスが停車し、これに追尾していた他の車両が若干の間隔をあけて停車したので、この間を抜けて市バスの右側に出ようとした。ところが、当時飲酒していた原告は、運転が思うにまかせず、運転をあやまり、市バス後部に衝突し、そのはずみに対向車線に飛び出し、おりから対向車線上を南進中の加害車と衝突したものである。被告澄川にとつて、右にのべたような被害車のありうることまでも予測することは不可能であり、その予見義務もない。また、事故当時加害車には構造上の欠陥または機能上の障害事由はなかつた。したがつて、被告らに本件事故による責任はない。かりに被告らになんらかの過失があつたとしても、本件事故は、右に述べたように原告の重大な過失によるものであるから、損害額の認定について考慮さるべきである。
第五、証拠〔略〕
理由
第一、本件事故の発生と被告らの責任
一、請求原因一の事実は、(六)(傷害の部位、程度)の事実をのぞいて、当事者間に争いがなく、これと〔証拠略〕を合わせ考えると、本件事故の態様は、つぎのようであつたと認められる。すなわち、原告は事故当日午後八時頃、二合ほど飲酒してから被害車を運転して事故現場手前を、市バスに追従して時速二〇キロくらいで北進したが、市バスが停留所で停車したので、これを追い越そうとして幅員九米の道路左端から右に寄つて道路中央寄りに出ようとしたさい、運転を過つて、被害車前部を市バス右後部に接触、擦過し、その勢いで道路中央附近に出たところ対向車線の道路中央寄りを時速約四〇キロで対向南進中の加害車と避ける間もなく道路中央附近で衝突した。なお衝突当時加害車と同一方向に進む他の車両はなかつた。以上の事実を認めることができ、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。以上の認定事実によると、被告澄川としては、市バス停車中は、市バスの後部から人が道路を横断しかけたり、市バスに追従してきた車両が、停車中の市バスを追い越そうとして道路中央寄りに出てくることも通常予想できるところであるから、あらかじめ道路左側に寄り、右のような事態に応じて、事故発生を回避する注意義務があるところ、これを怠り、並進車もないのに、漫然と道路中央寄りを進行した過失があるものといわねばならない。もつとも右認定によると、原告は、飲酒のうえ被害車の運転操作をあやまり、市バスに接触したうえ、突然道路中央寄りに飛びだしたもので、対向車の状況なども確認できない状態で本件事故を惹起した過失は重大である。したがつて、後記損害額の算定について考慮されねばならない。
二、かようなわけで、被告澄川には前記のような過失が認められるので、民法七〇九条により、また被告高木については、加害車の保有者として、自動車損害賠償保障法三条により、いずれも連帯して、本件事故による損害賠償責任をまぬがれない。
第二、損害の数額
一、治療費 五〇一、〇二〇円
〔証拠略〕を合わせ考えると、原告は本件事故により、請求原因一(六)(傷害の部位、程度)記載のような傷害を負い、事故当日から昭和四四年二月一〇日まで名古屋市北区上飯田通り所在の上飯田第一病院に入院加療し、その間診療費として五〇一、〇二〇円を要したことが認められる。
二、休業補償費 六八五、三〇〇円
〔証拠略〕によると、原告は本件事故前名古屋市港区所在の株式会社安井組に日雇土工の現場監督として勤務し、事故前三カ月の収入は合計一七一、三二五円で、一カ月の平均月収は五七、一〇八円であつたが、本件事故のため昭和四三年二月一四日から昭和四四年二月一六日まで休業し、右平均月収五七、一〇八円を基礎として、少くとも六八五、三〇〇円の得べかりし収入を失つた。
三、労働力低下による逸失利益 二九四、九七〇円
〔証拠略〕によると、原告は、前記病院退院後の昭和四四年二月一七日から、ふたたび失業対策事業の日雇い作業に従事しはじめたが、前記傷害の後遺症のため労働能力が低下し、昭和四四年二月一七日当時は日給九六〇円、昭和四五年四月からは日給一、〇七〇円の割合による収入しか得られなかつた。事故前の収入とくらべ右の収入減少は、事故による労働能力低下による損失と認められる。ところで将来にわたる右のような労働能力低下の期間及びその低下の割合をどの程度に評価認定するかは極めて困難であるが、原告が大正一二年一〇月二日生であること、および原告の本件事故による傷害の部位程度、後記認定のような後遺症状の内容などから考え、労働能力低下の期間としては少くとも三年間を相当と認める。またその間の収入減少の割合についても、明確な算定資料はないが、前記の日給の上昇の割合なども考慮すると、右三年間を通じて、少くとも一カ月一〇、〇〇〇円の収入が減少したものと認めるのが相当である。したがつて、年収一二〇、〇〇〇円の減少額を基礎とし、退院後三年間に得られるべき労働力低下による逸失利益について、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すると、その現価は三三七、七二〇円であるが、原告は、その内金二九四、九七〇円を請求しているので、右請求の限度で認容する。
四、過失相殺 四四四、三八七円
以上認定の治療費五〇一、〇二〇円、休業補償費六八五、三〇〇円、労働能力低下による逸失利益二九四、九七〇円、合計一、四八一、二九〇円が財産的損害と認められるが、原告には前記認定のように本件事故の発生について過失が認められ、その割合は、原告について七〇パーセント、被告澄川について三〇パーセントと認めるのが相当である。そこで、右割合によつて、右損害額について過失相殺をすると、原告の損害額は、四四四、三八七円となる。
五、慰藉料 四五〇、〇〇〇円
原告は、本件事故により、前記認定のよな傷害をうけ、約一年間入院加療し、退院後もマツサージを継続しているが、〔証拠略〕によれば、現在原告の主張するような後遺症が残存することが認められ、日常の生活にいろいろな面で障害をあたえていると認められる。したがつて、その精神的苦痛は多大なものがあると考えられるが、本件事故発生については、原告にも重大な過失が認められること、前述のとおりであるから、これら過失の態様、その他諸般の事情を斟酌し、慰藉料として、四五〇、〇〇〇円を相当と認める。
第三、結論
してみると、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自本件事故による財産的損害四四四、三八七円、慰藉料四五〇、〇〇〇円、合計八九四、三八七円、とこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年九月一五日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九二条、九三条第一項本文を、仮執行の宣言について、同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤義則)